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初見は “標的”としてしか見てはなかった。
任務として生け捕りにしてこいとの命を受け、
御意と請け負い、直接のご対面と運ぶその直前に
自分を手配してくれた市警の交番へ赴き、
爆発物を据えて吹っ飛ばしてから 部下の仕掛けの首尾を訊き…と。
敦の側からすれば、突然の奇抜体験だったかもしれないが、
マフィアであるこちらからすれば よくある話。
略取というのは荒事ほど得手ではなかったが、
抵抗するなら痛い目見るぞと脅しをかけ、
いたぶって大人しくさせるまでだと、せいぜいそのくらいの対象だったものが。
太宰とのかかわりというおまけ付きの これぞ正しく“因縁”の相手
戦闘型の異能こそ持ってはいたが、てんで扱えないでいる荒事初心者で。
だっていうのに元上司の自慢の部下だと言われ、
一体 何処がお眼鏡にかなったのだと注視を余儀なくされて。
繊細そうな風貌や、及び腰なくせに通り一遍な正義を信奉するところが苛々したし、
そのくせ、修羅場にてどんどん成長してゆく伸びやかなところが癇に障った。
経験則がないくせに土壇場ではしゃにむになって駆け出す無鉄砲で、
無駄に大怪我ばかり負うくせに
底を尽くまで気力も体力も出し切るところは見上げたもので…。
出会いは最低だったれど、
それ以上悪くはならない処から始まっただけに
気がつけば 見込みようも息の合いようもどんどんと高まるばかりなのも道理。
そうこうする中で太宰との確執が解消され、
いつの間にやら随分と気を許す間柄になっていて。
私的な時間にも何かと顔を合わせるようになる中で、
そんな生ぬるいお付き合いの、これも弊害というものだろうか
……いや、それはさすがに言い過ぎかもしれないが。
敵にしてやられれば、そこまでの奴だったかという方向で残念に感じつつ、
卑怯な策に絡めとられて傷つけば、
ウチの子に何をするかと怒りが沸いた自分が 何時の間にか生まれており。
視野の中にあの白い頭がよぎればついつい目で追っている。
何にか楽しそうに笑っておればこちらも安堵するし、
そんな視線に気がついて、こちらへぱぁっと笑いかけたりされれば、
此方まで何とも言えない “喜々”の暖かさにくるまれる。
自分は途轍もない不器用な人間だから、
いざという時に守るものともなるとそう多くは持てないだろう。
なので、師である太宰と身内である銀さえおればいいのだと思っていたはずなのに、
何となったらその二人をのみ絶対とすればいい、ならば迷いもしなかろうと思っていたのに。
もしかしたら此奴へも、
情なのか固執なのかまだ判然とはしない何か、
抱え始めているらしいと何とはなく感じたのは
待ち合わせの場へやや遅れてやってきた敦が、
くさめを一つ放った後、いきなり何へか どぎまぎしたおし、
こちらが覗き込んだり触れたりするのへ、
妙に過敏な反応付きで避けまくる様に、微妙ながら苛立ちを覚えたから。
最近では何ともなくなっていた、むしろ構いつければ嬉しそうに笑っていたはずが、
いつもの感覚で覗き込もうとすれば 近い近いと大きに慄いており、
自分へ触れるなという拒絶のようで、それが無性に腹立たしい。だが、
そんな風にじたばたと何にか焦っていたかと思えば、
それがやっと落ち着いた途端、反動が付いたように勢いよく向き直って来て、
『あのさ。
ボク、お前を全部自分のにしたい。//////////』
アメジストと琥珀とが合わさったみたいな
不思議な色合いの目をやや潤ませての見開いて。
良いこと思いついたんだ聞いて?と、頑是ない幼子みたいに屈託なく、
そんな言い方で述べられたものだから。
見目の愛らしさと語調のあどけなさに不意を突かれて和んでしまい、
ふぅ〜んと、それはよかったねぇとばかりに
ついつい肝心な内容のほうを聞き流してしまったものの、
「………はい?」
ついうっかりと年下の弟分へ丁寧なお返事返してしまったぞ、不覚。
じゃあなくて。
「何をいきなり…。」
訳の判らぬことを言い出すかなと。
面妖なものでも見るかのように、漆黒の双眸を眇めれば、
「そんな顔してもカッコいいんだね。これってやっぱり好きだからかなぁ。」
何でそこで頬染めて視線を泳がせるのだ、
しかも何でそういうのが無駄に似合うのだ、貴様と。
少女のような含羞みの所作に、
こんな場合でなければ 頬笑んでやったが
さすがにそうもいかぬとますます怪訝そうになる芥川で。
上目遣いになって再び自分へ戻ってきた視線へ、
やはりやはり理解が及ばぬと眉間にしわを寄せ、
「探偵社界隈で流行っているのか?」
そういう意味不明な “ごっこ”遊びがと続ければ、
「何 言ってるかな?」
虎の子は朗らかに笑うだけ。
それはこっちの言い分だと思いつつ、
だが、そういやこの子はあまり演技は上手くはないのを思い出す。
嘘が苦手で隠し事なぞ到底無理な性分で、
慣れない役柄を与えれば、ぎこちないとか不自然とかいう格好で ぼろを出すのが関の山。
だってのに、なんて自然に、それこそいつものように、
清々しいまでに柔らかに微笑む彼なのだろうか。
余りの屈託のなさに中ったか、
何でも聞いてやるぞ、言ってごらんとなりかかり、ハッと我に返れた やつがれ偉い。
こうまで手ごわい胡散臭さは、もはや自身の警戒心だけでは太刀打ち出来ぬ。
そう、素直なところも無邪気なところも彼の本性に添うてはいるが、
何かがおかしいという警鐘が頭の中で鳴りやまぬ。
「よもや、無様にも異能をかぶって来たのか?」
「そんなじゃないよ。」
だとして どういう異能なのと、目許をたわませ くすすと笑う。
それから、
「ボクは前から、芥川のことをカッコいいなぁって思ってた。」
そんな世迷言を紡ぎ始める。
「孤高っていうのかな、
誰も寄せ付けない威容っていうか、殺気より鋭いものをいつも負ってて。」
後がないのはどちらも同じ。
そんな真剣極まりない対峙も幾つとなくこなしてきた二人であり。
「華奢で痛々しいのに、それを根こそぎ裏切るみたいなえげつなさで強いし。」
「……よし、今此処で折檻してやる。」
無為に褒めたたえられても薄気味悪いし、
抑々そういうスキルもない身で何を言い出すかなと。
とっ散らかした物言いへムッとし、
つい習慣で“羅生門”を構えかけたものの、
懐でふわふわ躍るリボンタイに気が付いて
ああしまった今日は身を軽くしていたと自身の迂闊さへ臍を噛む。
こんな突拍子もない伏兵が立ちはだかろうと一体誰が思うだろうか、
太宰さん、僕は随分と腑抜けになってたようですと、
掴みどころがないままの難敵相手に 忌々しげに口許を歪めれば、
「…そっか、芥川の身の処遇ともなれば、
誰より先にまずは太宰さんに断りを入れなきゃだよね。」
まだまだ立ち止まる様子がないまま暴走を続ける虎の子くん。
終いにはそんなことまで言い出して、
すいと歩み寄ったそのまま、ちょっとだけ上背が勝る兄人をあっさり横抱きにしてしまう。
「な……っ。」
「もう太宰さんだけの芥川じゃないですって、言いに行こう。」
どんな根拠のある自負が支えるそれなのか、
にこーっと笑った敦の表情は、どこにも曇りのない目眩いばかりの代物であり。
そんな表情を至近にし、まずはあっさり毒気を抜かれた。それに、
少年が青年を嫁抱きにしたこの状況には、周囲もざわっと何やら妙に沸き立ったようで
「なになにvv」
「あ、なんかカッコいいよ二人とも。」
「ドラマの撮影とかかなぁ♪」
さすがに人目を引きまくっており、
見ず知らずの他者からどういう把握をされるかなんて今更頓着はないはずが、
じたばた抵抗するのがみっともないばかりじゃあなかろかと思わせた。
何より、この少年、膂力は芥川を多きに上回る。
いつぞやなぞ 虎の異能あってのこととはいえ、
その背に自分を乗せて動力付きの乗り物相手に随分な距離を追いすがったこともあったほど。
“異能を掛けられての異変なら、太宰さんに解いてもらうしかないのだしな。”
可愛い弟分の言いよう、無下にして掴み合いの喧嘩になるよりマシか、
居場所が判っていての言いようならば、ここは従うかと腹をくくった。
「とっとと行け。」
「うんvv あ、掴まっててね?」
そこまで聞けるかと、尊大に腕を組んでおれば、
それって公衆の面前でやって良いものか、
虎の尻尾を出してきてこちらの胴へぐるりと巻き付ける始末で。
きゃあという黄色い声があがったのをスタートの合図にし、
疾風の如くという初速にて その姿を宙へ掻き消した、
何とも意味深だった美少年二人連れは、
しばらくほど “○○駅前の神隠し”という格好で
その筋のSNSをにぎわせたそうだ。
◇◇
「やあ、お二人さん。」
時折車道に出ては乗用車のルーフを飛び石のようにして渡るほど、
敦が脇目もふらずに目指した先は、武装探偵社…ではなくその階下の純喫茶“うずまき”。
そちらさんも入水で濡れねずみとなってた、稀代の美丈夫、またの名を包帯無駄遣い男さんは、
一応は着替えたようで、砂色コートは乾燥中か、シャツに濃い色の中衣姿。
仕事に戻りもしないで油を売っているところが相変わらずだが、
そこへと躍り込んできた部下二人には、やや意外そうに眼を見張る。
何処かへ出向くと言っていたのに何でまたと、
この御仁には珍しくも意表を突かれたせいだろう。だがだが、
「こらこら、普段着の時でも布の量には気をつけなさいよ。」
何で持っていたものか、軽い素材ながら結構な長さのあるストールを
ゆるりとたわませて両手に渡し持ち、
そのまま芥川の頭をくぐらすようにして薄い肩へひょいと掛けてやる御師様で。
長い腕が延び、レイでも掛けるよにストールを授けた所作も、
それを整えてやる手並みもそれは優美で様になっており、
「えっと…。//////」
やさしく手を掛けられて、芥川の側でもついのこととて頬がほころぶ。
そんな睦まじさは黙って観ていたくせに、
「太宰さん、芥川と別れてください。」
「おや。」
唐突が過ぎて本気にはとらなんだか、それは軽い応対をする彼なのへ
此方もさほどは…本気な心根を挫かれた等々
憤怒と共に焦るようなことはないままの虎の子くんを見やり、
「どうしたんだい? 何だか目が座っているようだが。」
カウンターに向いたスツール席から立ち上がり、
頼もしい手を少年の肩へポンと乗せたが、敦の淡々とした態度は変わらない。
それへ おやと感じたのはむしろ芥川のほうで、
異能のせいならこれで落着すると思っていたのだが、
“異能を掛けられてのことじゃあない?”
いやいや待てよ、何も太宰が触れれば解けるものばかりでもない。
常時開放型ではないとか、あのQの異能のように起動装置的な鍵があるとか、
そういったタイプの場合は 異能者本人かその鍵へ触れてでなければ無効化出来なかった。
もしかしてそんな手の込んだ何かに操られているものかと、目許を眇める芥川をよそに、
「敦くんたら面食いだから、この子の外見にだけ惚れちゃったとか?」
「そんなことありません。」
探偵社の師弟二人の問答は続いており。
軽薄な動機よと決めつけるよな言いようへは流石にムッとしたか、
やや真摯な表情になったそのまま、虎の少年は静かに言葉を紡ぐ。
「ボクと芥川は真剣本気な格好でばかリ対面してきました。」
気を抜けばそのまま命取りになるような、
一瞬たりとも気を抜けない、そんな緊迫した修羅場でばかり対峙して。
戦闘初心者だったボクには、
張り詰めすぎた意識が暗転したらそのまま狂ってしまうんじゃないかってほどの
例のない怖い想いの連続で。
けど、それは同時にそれ以上はないほど本音のぶつけ合いでもあったわけで。
「太宰さんの画策もあったんでしょうが、
こんなまで強いのに本気で食って掛かってくれる彼に、心動かされないでいられません。」
強さへ真っ直ぐでひたむきなところとか、
実は懐深くて、無責任なそれじゃあなくの優しいところとか、と。
漆黒の青年に対しての感慨だろう、綿々紡ぐ敦なのへ、
「? なんだい、それ。」
そこまで見込むとは確かに惚れ込んだねと笑う上司殿だが、
「まだ迷いが出ては俯くボクを叱咤して、引っ張り上げてくれたこととか何度かあって。」
そう、ただただ蹴散らしたい相手にそこまで言葉添えをくれるだろうか。
とんだ見込み違いだったと憤慨しもした彼だったと思い出し、
何故だかそれへちょっと頬染める白の少年で。一方、
「…おや。」
それは聞き捨てならないねと、
本気への対応ならではで、鳶色の双眸が やや真剣な色合いになりかかる太宰でもあり。
そんな気配を嗅いだのか、
「ずっとずっと此奴を傷つけて来た貴方でしょう?
そういやこないだも、僕にならゆだねられると言っていた、」
大事にしておればこそのお言いよう、そうでしたよねと少年が言質を取れば、
「…そんなことまで仰せだったのですか?」
「いやいやいや、あのときは私も今世紀最弱に気が弱くなっていたしねぇ。」
それは初耳と芥川が声を低め、
いやいやそれはもう終わった話だしと太宰が焦ったものの、(一周まわって ふりだしへ? 参照)
そんな師弟のやりとりなぞ耳に入らぬか、
「ボクに芥川を下さい。きっと幸せにします。
自分を顧みない、おろそかにするよな戦法も改めますから。」
「そこまで言うか?」
と、これは芥川が呆れたが、
そんな一言へ覆いかぶさりつつ届いた、端とした一声、是れありて。
曰く、
「…何それ。」
ぞわりと、背条が一気に冷える低い声。
何の感情をも染ませてはない、なのに厳然としていて重々しくも冷たい、
その声の主の内面の暗黒を覗かせてのこと、誰にも引き留めは出来ない憤怒や苛烈、はたまた虚無。
それはそれは恐ろしいと、彼をこそ“死神”とあちこちで千度呼ばれてきたはずの芥川でさえ、
「う……。」
血の気が引いたままその場へ立ち尽くしたほどに。
絶対の恐怖を染ませた、ようよう響く低い声。
「何なのキミたち、何かそういう約束でもして来たっていうの?」
かつての…と言ってもまだ四,五年前の話だが、
“龍頭抗争”による群雄割拠を制したばかり、
まだまだ余熱を孕んでいて
今より色んな意味から勢いのあったポートマフィアにおける歴代最年少幹部。
敵対するものへの制裁に、相手の存在したことを影も残さず擦りつぶし、
そのくせそういう処断が為されたことだけはいつまでも鳴り響くよな、
それは冷徹にして残酷な仕置きをあっさり紡ぎ出せ、
必要とあらばほんの数分で段取りよく成就させられる現世の悪魔。
本人は異能と言っても相手の力を抹消するものしか持ってはおらず、
膂力も格闘の技もさして巧みじゃあない。
幾ら首領の秘蔵っ子とはいえ、実力あるよしみがたんと居るでなし、
まだ若年ゆえにむしろ待遇を嫉まれるばかりのはず。
だというに、どういう手妻か、気が付けば人々が勝手に踊っており、
大きな組織が一夜にして内部破綻や瓦解により潰れることもしばしばで。
燃え盛るビルや屋敷から、
年端もゆかぬ少年がただ一人、
自分のものではない返り血まみれになってひょこりと出てくる恐ろしさ。
そのような伝説なら枚挙のいとまがないほどで、
太宰を敵に回した者の一番の不幸は“太宰”を敵にしたことと言われたほどの
恐るべき魔性持つ、裏社会のレジェンド。
…だってのに。
絶対零度級の、太宰のある意味“本気”の冷ややかな声には
芥川も冗談ではないと何カ月ぶりかで青ざめてしまったが、
そんな黒獣の覇者の恐怖心をもっと煽ったのが、
「これからします。
いっぱいいっぱい約束して、
それで互いがいないと居られなくなったら素敵でしょう?」
にこやかに笑って、恐ろしいことばかり口にする敦へももっとぞっとした。
何だこれ、こんなこの子は見たことがない。
何にか引きずられて途轍もないことまで口にして。
そうだ、違和感。
表情も声音も 無邪気で屈託も曇りもない、敦そのものという馴染みあるそれだったが、
それでも何かがおかしいと納得しきれなかったのは、
及び腰なところが一切ない、思いきりがよすぎる言動だったからで。
「な……。」
自分が繰り出す折檻へもここまで怯えたことはなかった、
そうまでの悍ましいもの見るような顔をした芥川だったのへ、
そんな青年の表情を見、やれやれと肩を落とすほどの吐息をつく太宰は、
「ねえ、敦くん、中也はどうなるの?」
ひょいと、さりげなくもそれを訊いたのだった。
to be continued. (18.04.13.〜)
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*何だかキリが無くなって来たのと、
此処からこそ書きたかったオチなので、ちょっとお待ちを。(おいおい)
おかしいなあ、もっと短い話になるはずだったのになぁ。

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